【EU加盟国一覧】28カ国!加盟国を簡単に紹介〜イギリスのEU離脱でどうなる?〜

以前、EUの役割、歴史について紹介しました。

今回は、加盟国(28ヶ国)について解説します。

いずれもEU(あるいは前身の組織)加盟前後のことにのみフォーカスを当てています。

 

インナー・シックス(1951年)

原加盟国の6ヶ国は、インナー・シックスと呼ばれています。

(1)フランス

第二次世界大戦で戦勝国となったフランスですが、ここでようやく1870年の普仏戦争(普はプロイセン、現在のドイツ)以来問題となっていたアルザス=ロレーヌ地方の領土問題が解決しました。常にヨーロッパの国際問題には両国の対立が絡んでいたのですが、ついにフランス外相シューマンが敗戦国となったドイツに声をかけ、協調体制となったことでのちのEUの前身となったヨーロッパ石炭・鉄鋼共同体(=ECSC)が誕生しました。

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画像:パリの夜景(pixabayより引用)

 

(2)西ドイツ(統一後、現在のドイツ)

ヒトラー体制の反省、もう二度と戦争の歴史を繰り返さないという国民感情や、米ソ冷戦で分断され東側はソ連の統治下に入り西側は米英仏の統治下に置かれたことから、フランスとの協調主義路線を決断し、西ドイツも原加盟国となりました。

 

(3)イタリア

ムッソリーニ(イタリア版ヒトラーだと思ってください)の独裁体制が終了した後、イタリア共和国が成立しました。新政権は極左勢力(ソ連派)を排除し、中道路線を決めました。とは言ってもアメリカとの関係を重要視していたためNATOに加盟、経済復興を進めたかったこともありECSCへの参加も決意しました。

 

(4)ベルギー

(5)ルクセンブルク

(6)オランダ

この3ヶ国をベネルクス3国と呼びます。それぞれの頭文字を取ってそう呼ばれるようになりました。(オランダは英語でネーデルランドということから)。

この3ヶ国はいずれも立憲君主制を採用していること、3ヶ国合わせても北海道くらいの面積しかない小国であること、西ヨーロッパの争いの火種となったフランスとドイツの間に挟まれたところにあることから、3国は結託して大国に対抗してきました。

1948年に調印されたベネルクス関税同盟がヨーロッパの協力機構の起源とも言えるでしょう。(EUの考え方「小国がまとまって大国に対抗しよう」の究極形ですね)

現在もEUの本部はベルギーの首都ブリュッセルにあります。

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画像:オランダ・アムステルダム(pixabayより引用)

 

第1次拡大(1973年)

1967年、上記の6ヶ国で発足した3つの組織(ECSCEECEURATOM)を統合してヨーロッパ共同体(EC)が発足しました。冷戦真っ只中の当時、経済や財政面でもアメリカや高度経済成長を迎えていた日本と足並みを揃えながらソ連中国対抗していました。

 

(7)イギリス

イギリスは他のヨーロッパの大国とは異なり、イギリス連邦オーストラリア南アフリカニュージーランドなど)を結成して植民地との経済的な結びつきをもっていました。また、島国であるためヨーロッパ大陸との強力な結びつきを拒んでいました。加えて、「かつて世界の中心であったのは産業革命が始まったイギリスだ」という国民感情(プライド)もあって協力機構には不参加でした。

一方で、EECに対抗し、イギリスが主導となってヨーロッパ自由貿易連合(EFTAを結成しました。(加盟国:イギリススウェーデンデンマークノルウェースイスポルトガルオーストリア

ところが、南アフリカ連邦がイギリス連邦から独立したこと、利権を狙ったスエズ運河への出兵が批難され退陣を余儀なくされたことなどで、景気の悪化が懸念されました。

同時にEECのすさまじい経済成長を目の当たりにし、一気にEEC参加路線へと転換しました。

1963マクミラン政権、1967ウィルソン政権時に参加申請をしましたが、ともにフランスのド=ゴール大統領に却下されました。

(「ヨーロッパなんて興味ない」から「やっぱり参加ね!」というのは都合が良すぎるため、フランスの反対は無理もありませんね)

結局、1973ヒース政権の時にようやく加盟が認められ(3度目の申請)、イギリスを迎え入れたEUはさらに巨大な勢力となりました。

現在、EU離脱問題でもめているのもイギリスです。

(ヨーロッパは振り回されっぱなしですね笑)

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イメージ画像:EU離脱で揺れるイギリス(pixabayより引用)

 

(8)デンマーク

デンマークは、政治の重要な決定を国民投票で決める国です。北欧の小国であることからEUへの参加を決定しました。

しかし、デンマーク自治領グリーンランド1985年にEU(当時EC)を離脱しました。

また、EU体制が決まったマーストリヒト条約への批准は国民投票で否決されたため、EUには参加するものの司法面では協力しない、ユーロは導入しない(現在は導入)など、加盟国でありながらEUとは距離を取っています。

 

(9)アイルランド

イギリスと同じタイミングで、歴史上常にイギリスともめていたアイルランドもEUへの加盟が認められました。

イギリス領の北アイルランド地方はアイルランド共和国への帰属を求めており、イギリスのEU離脱がなされても北アイルランド住民はEU残留を主張し、現在も暴動が時々起こっている地域です。

 

(不参加)ノルウェー

ノルウェーも加盟申請をしていたのですが、国民投票で反対票が上回り、加盟を見送りました。(現在もノルウェーは加盟していません)

 

(1981年・第2次拡大)

1981年と1986年の拡大で南欧の3ヶ国が加わりました。この国々が、リーマンショック後の欧州危機を招くこととなりました。

 

(10)ギリシア

ギリシアは第二次世界大戦後、国内の共産党勢力との内戦状態となり、アメリカの支援を受け西側陣営に入りました。国境の隣は東側陣営というところに位置しながらもNATOに加盟し西欧諸国とも良好な関係を築きました。1981年、加盟申請が認められECに参加しました。

歴史的な観光名所や2000年のオリンピック景気に助けられなんとか財政面でもちこたえていたかに思えましたが、2009年、新政権が大赤字を公開したことでEUの景気が悪化し、それが他の南欧諸国にも影響を与えたため、EU脱退の可能性が言及されるまでに発展しました。

ドイツを中心とする財政支援によりなんとか危機は免れましたが、依然として国内の経済は低迷しています。

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画像:アテネのパルテノン神殿(pixabayより引用)

 

(1986年・第3次拡大)

 

(11)スペイン

(12)ポルトガル

スペインポルトガルはこの年に同時にECに加盟しました。両国はEC加盟に伴い、国内法もECに合わせました。

ギリシアで始まった欧州危機はスペイン、ポルトガルにも飛び火しました。両国はEUの定める財政ルールに反したと認定され制裁を受ける審議が行われるまでとなりましたが、欧州諸国の支援により回避しました。特にスペインは、現在でもサッカーや観光地としての収入が大きい反面、カタルーニャ地方の独立運動が激化した数年前はEUも声明を出すなど国内問題がEU全体の問題となりかねない事態となりました。

そして、スペインは地中海を挟んでアフリカと接しているため多くの難民が船でやってくることも報じられています。国内が決して安定しているとは言えない中で難民問題も深刻であり、悩みの種が多い地域です。

 

(1995年・第4次拡大)

EU成立後初の拡大となった第4次拡大では、冷戦中に中立であった国々を迎えました。1989年の冷戦終結宣言が中立国のEU加盟を促した側面もあります。

 

(13)オーストリア

第二次世界大戦では敗戦国となり米ソ英仏の共同管理下に置かれていましたが、1955年のオーストリア国家条約によって永世中立国としての独立を果たしました。

もともと中立だったオーストリアですが、米ソ冷戦終結後の1995年、EU加盟を果たしました。

オーストリアは2017年、31歳の若さで首相となったセバスチャン=クルツ氏が注目を集めました。中東難民ドイツに向かう途中、ヨーロッパ中央部に位置するオーストリアを通るのですが、結果オーストリアにとどまる難民が多く、移民受け入れ賛成派と反対派で揺れる渦中で誕生した首相でした。(クルツ政権は極右の自由党と連立を組んでいたため、どちらかと言えば移民には反対の立場でした)

そんな若き首相ですが、副首相のスキャンダルで解散総選挙、退陣へと追い込まれてしまいました。

この中欧のオーストリアは、地理的な意味でも、もともと中立だったことから政治的な意味でも今後のEUにとってキーとなる国でしょう。

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画像:オーストリアの首都・ウィーン(pixabayより引用)

 

(14)フィンランド

フィンランドは冷戦中、ソ連の隣に位置する地理的な事情によりソ連寄りにならざるを得ませんでした。(戦時中は単独でソ連と対峙しました)

戦後はソ連に組み込まれることを免れ、NATOにも加盟せず、ソ連と同盟を結びながらも中立国として独立を維持する独自の外交路線を辿った国です。

冷戦終結、ソ連崩壊の後にEUに加盟しました。

イギリスのEU離脱可決でフィンランドも揺れるのではないかとの見方もありましたが、

残留を望む声が圧倒的に多く、その報道はいまではほとんどされていません。(巨大な経済圏の恩恵を受けているメリットが大きい、極寒のフィンランドには中東難民が西欧諸国に比べて押し寄せないため)

フィンランドは現在、北欧唯一のユーロ導入国です。

(15)スウェーデン

隣には大国の戦争に巻き込まれながらもなんとか独立を維持するフィンランドがあったことや、極寒の地にあったことなどが要因でスウェーデンは中立を公言しやすい国でした。

また、非人道的な行為に対しては相手がアメリカであっても公に批判するなど、冷戦期でも自由に発言できる国でした。

1995年、フィンランドとともにEUに加盟しましたが、EUの首都ブリュッセルから遠いこと、EUの政治が官僚主義になりつつあることからEUには懐疑的な立場をとっており、ユーロの導入は見送っています。(通貨はクローナ、独自の通貨を維持しています)

 

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画像:スウェーデンの首都・ストックホルム(pixabayより引用)

 

(2004年(2007年)・第5次拡大)

21世紀に入ると、米ソ冷戦時代に旧ソ連側であった社会主義国や、旧ソ連に組み込まれていた国々12ヶ国がEUに加盟しました。「ヨーロッパを1つに」という理念の実現には近づいた一方で、経済的後進国の東欧諸国の加盟でEU内移民問題経済格差の問題が浮上し、現在まで抱える新たなEUの問題が生まれることとなりました。

 

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画像:冷戦の象徴・旧ユーゴスラビアの国旗(pixabayより引用)

 

(16)ラトビア

(17)リトアニア

(18)エストニア

バルト海に面するこの3ヶ国は「バルト3」と呼ばれています。東西欧州の狭間にあった小国であるため、常に圧力を受けてきました。第二次世界大戦中、ソ連に併合されました。1991年には3国すべてが独立を果たし、ソ連解体のきっかけともなりました。

共産圏に長らく所属していたため他の欧州諸国に比べ経済的に遅れをとっていましたが、2004年にNATOEUへの加盟を果たしました。

西欧諸国の資本が進出しやすい環境下となったことで、2000年代には凄まじい経済成長を遂げました。

IT企業が積極的に進出した一方で、リーマンショックの大打撃を受け、3国いずれも経済成長率が−15%を超えるという深刻な不況にも陥りました。

また、国境を自由に行き来できるシェンゲン協定によって賃金の高い西欧への労働者の流出が激しく、特にリトアニアでは独立直後の370万人から約25年間で290万人とおよそ20%減少しました。

現在も労働者不足が続いています。

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画像:バルト海(pixabayより引用)

 

(19)ポーランド

米ソ冷戦中はソ連側だったポーランドが民主化を果たしたのは1989年、東欧で初めての自由選挙が行われた年のことです。

民主化後も低賃金と20%水準の失業率に喘いでいた中でEU加盟を果たし、

外資の参入と失業率の半減で経済成長を果たしました。

2014年にロシアがウクライナへ軍事介入したことでポーランドへ侵攻するのではないかという不安(ポーランドは歴史上何度も侵攻されて国境が変わっている国です)

経済成長の恩恵が市民まで行き渡っていないという不満、難民の受け入れの負担が増えていることから、今ポーランドでは右傾化が進んでいます。

 

(20)チェコ

(21)スロバキア

チェコ=スロバキアは冷戦中、一度は自由化を進めようと試みましたがソ連の介入によって失敗に終わり、1989年に自由化を果たしました。

EU内の内陸国であり、ドイツを目指す難民の経由地とはならなかったためポーランドハンガリーに比べ難民受け入れの負担は少ないのですが(スロバキアウクライナと接しているが、ウクライナ経由で難民は押し寄せないため)、EU加盟国での難民割り当て制度が議論されると、国内の世論は一気に反難民へと傾きました。

 

(22)ハンガリー

他の東欧諸国と同じくして2004年に加盟を果たし、経済成長も見られました。

しかし今、ハンガリーはEUと亀裂が入った状態にあります。ハンガリーはEU最東端の国の1つで、東側の隣国はセルビアです。2015年、中東、北アフリカの難民がドイツを目指そうと大量に押し寄せました。(セルビア→ハンガリー→オーストリア→ドイツのルート)

難民たちはとりあえずEUの入り口であるハンガリーを目指しました。(セルビアは当然、早急にEU圏へ移民を流したいため黙認します)ところが、EU圏内に入ってしまえば良いことからハンガリーに留まる難民が大量に発生したため、セルビアとの国境を封鎖し超えてきた者をセルビアへ強制送還する法律を制定しました。

これに対し、西欧諸国は人道的な観点から避難したため、EU懐疑派が国内で増え始めています。

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画像:ハンガリー議会(pixabayより引用)

 

(23)スロベニア

1991年にユーゴスラビアから分離、独立をした国です。

旧ユーゴスラビア国家の中で最も早くEUへの加盟を果たした背景には、西欧諸国同様カトリック教徒が多く、ラテン文字を使用しているため西ヨーロッパのEU諸国の文化に溶け込みやすかったことが挙げられるでしょう。また、2007年よりユーロを導入しています。

上記の理由やユーゴスラビア時代から先進工業地帯だったこと、独立後いち早くEUに加盟し外資の導入をはかったことで、一度は経済危機に見舞われながらも2018年現在、国民一人当たりのGDPは36位(日本は26位)と、中・東欧諸国では最高水準を誇ります。

 

 

(24)キプロス

地中海に浮かぶ島国、キプロスも東欧諸国とともにEUに加盟しました。

キプロスはギリシア系住民が大半を閉めますが、北部にはトルコ系の住民が多く、独立運動が度々勃発しています。1974年にはトルコ系住民の保護を名目にトルコが派兵する騒ぎにもなれいました。

現在もトルコEU加盟交渉が難航している根底には、このキプロスとの対立があります。

 

(25)マルタ

地中海、イタリアの南側に位置する兵庫県の淡路島の半分ほどの面積の島国です。ヨーロッパ有数のリゾート地として知られています。

EU加盟後、ユーロの導入も果たしました。

現在は、歳入の増加や、富裕層の移住を目的としてマルタ市民権を65万ユーロで販売しています。

一方で、マルタは北アフリカから船で難民が直接押し寄せてきます。受け入れれば受け入れるほど増加する難民問題の対応にマルタ政府は追われています。

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画像:マルタ島(pixabayより引用)

 

(26)ブルガリア(2007年加盟)

(27)ルーマニア(2007年加盟)

東欧および南欧の島国、計10ヶ国の加盟から遅れること3年、2007年にはブルガリアルーマニアもEUへの仲間入りをしました。

いずれも冷戦期、ソ連側の共産主義国家でした。

外資系企業からは、この2ヶ国は人件費をはじめとするコストが圧倒的に安いのです。労働者の平均賃金は、加盟当時西欧のおよそ20%とも言われました。この低コストを生かし多くの工場がブルガリア、ルーマニアへ移転し、経済は潤った一方で、西欧諸国の労働者の一部は職を失い、相次ぐ後進国のEU加盟への不平・不満が増すことにもなりました。

また、労働者の西欧への移住や出生率の低さによる顕著な人口減少が懸念されています。

 

(2013年・第6次拡大)

 

(28)クロアチア

旧ユーゴスラビアクロアチアは、クロアチア内戦での戦争犯罪の疑いが浮上した人(ゴドヴィナ氏)の国際法廷への引き渡しをEU加盟への条件とされていました。

彼の逮捕によって加盟の交渉がスタート、正式にEUへの加盟が認められました。

現在、このクロアチアが、最新のEU加盟国です。

 

 

最後に

以上、28ヶ国を簡単に紹介しました。

徐々に拡大し大所帯となったEUですが、28ヶ国がそれぞれの恩恵と問題を抱えており、イギリスは国民投票で離脱が決定しました。

日本とも関係が深いEUは、今後も目を離せない地域でもあります。

また最新のニュースがありましたら、タカジュンタイムズで取り上げたいと思います。

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画像:EU旗(pixabayより引用)

 

ご閲読いただきありがとうございました。他にも関連記事がございますので、お時間があれば読んでみてください。

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